‥‥‥って、なんでうちの剣道部はこおんなに遅いかなあ‥‥8時だぜ?しかもただの8時じゃない!夜の8時だ!暗いんだって、コンチクショウ‥‥夏っつってもなぁ〜‥‥俺、一応東京に住んでるけど、本当に名ばかりの東京で、原宿とか新宿とか渋谷とか、一般的にいう東京からはかけ離れた田舎に住んでるから、夜になると古い建物が強調されて、デルって感じなんだよ‥‥

 とにかく、さっさと家に帰ろ‥‥腹減ったし。

でも、何でだろう‥‥俺は、例の神社の前まで来ると、急ぐ足を止めて、鳥居を見遣った。そこで脳裏を掠めたのが、昼間の敦の言葉‥‥‥

『‥‥必然なら、また逢えるさ‥‥‥』

 敦の言ってた“必然”が、一体なんなのかは俺には判らない。でも、ただなんとなく‥‥7月に桜が散るはずがないんだけど、“逢える”気がしてならない‥‥‥

 無意識のうちに、俺は石段に足をかけていた。

 

‥‥‥え‥‥‥?

 

 いや‥‥夢なら醒めて欲しいんっすけど‥‥‥マジ!?

よし!確認!

―ギュウウゥゥ‥‥‥

 うし!痛い!滅茶苦茶痛い!これは現実だ!

「お前に用がある。」

「‥‥‥」

 絶句って、こういう状況のこというんだろうな、きっと‥‥

「‥‥顔を出せ!」

「‥‥‥は‥‥い‥‥‥?」

 月明かりに映し出される姿はあの時のままでいいんですけど‥‥ね?文句なしっすよ?‥‥でも‥‥その意味不明な言葉は一体何!?顔、これ以上どうやって出せと!?っつてか、そんなどす効かせた声で睨まれても‥‥

 何とか俺は声を絞り出す。顔筋が引きつるのが、自分でもよく判る。

「あの‥‥俺に何か用?」

 ううぅ〜‥‥空気が寒い、視線が痛てぇ!

「出て来る気がないのならば、無理矢理にでも引きずり出してやる‥‥」

 っておい!こっちの質問カミングアウトかよ!っつーか、話噛み合ってねえし!‥‥って‥‥何だ‥‥その見るからに怪しい数珠は!‥‥と‥‥取り敢えず、足あるか確認っ!よし、足はあるな‥‥良かった、生きてる人間だ。こんな時だが、昼間「少女は霊説」を俺にかましてくれた蕎に、ガッツポーズだ。
「我望まんは、真なる幻影‥‥更也りて‥‥‥」

 何なんだ!?この怪しい呪文は!一体なんだってんだよぉ〜‥‥もう泣きたくなってきたぞ!?本っっっ当に、こいつ何者!?

はっ!

 まさか、新手の宗教勧誘!?

「‥‥我が前に、その真なる姿を現し給え!操鬼(そうき)!」

「何じゃこりゃあ!」

 ちょい待ち!タンマ!マジストップ!

マジックショーなら種明かししやがれ!むしろ明かして下さい!冗談きついよ!?なあんで、俺の影から狼人間みたいなクロ助が出てくんだよ!?

 説明してせんじよう‥‥俺命名「クロ助」の外見‥‥顔、狼で身体はワイルドでマッチョな人間の大男‥‥下半身は毛むくじゃらで、手の先も何気に獣で、素敵に尖った爪付き‥‥みたいな?ウゲエ‥‥きもい‥‥どうせなら、もっと可愛いやつ出て来いよなあ‥‥‥ったく‥‥これならまだポチの方がマシ!

‥‥って‥‥あれ‥‥そういや‥‥‥俺、昼間蕎に、何かに憑かれてるって言われなかったっけ‥‥?確か‥‥ポチ‥‥?‥‥あの犬、黒かったよな‥‥まさか‥‥クロ助の頭は‥‥狼じゃなくて‥‥犬‥‥?クロ助=ポチ‥‥‥?

 とか何とか言ってる間に、戦闘ものになってるし‥‥ハハハハハハ‥‥‥

「ち!小賢しい娘め!昼間はうまく逃げおおせたというに‥‥何者だ!?」

 クロ助がしゃべったあ!犬ってしゃべれたか!?その前に、アレは犬としても人としてもやばかろう‥‥‥

「お前のような小物に名乗る名などない‥‥大人しく消えろ‥‥」

 あわわわ‥‥娘さん!ばいっすよ!の“小物”発言でクロ助キレちまったようですよ!クロ助の周りの温度が急低下してます!

「‥‥我を‥‥小物‥‥とな‥‥‥?」

「ふん‥‥小物に小物と言って何が悪い‥‥何かに憑かねば、形を成すこともままならぬ下っ端が‥‥‥」

 そんな‥‥あんさん冷静な‥‥あまつさえ冷笑浮かべて挑発すんな!ってか、俺の存在完璧無視されてるよ。んでもって、無視ったまま格闘もんになってるし‥‥

 

―バシュッ!

 

 操鬼の攻撃を横に跳躍し回避しながら、娘はその手に落ちていた長めの木の枝を握る。

 

 俺はRPGを生で体験してんのか?‥‥ってか、どこでカメラ回してんだ!?

オラ!ドラマ撮影とか、ドッキリとかならもうそろそろディレクター出て来いよな!っていうか、頼むから出て来てください、オネガイシマス。

ああっ!今度は何!?何の呪文!?

 

 「奉霊の時来たりて、此へ集うは万象に集いし眷属。我紡ぐは汚穢物(おえもの)絶ち凪ぐ言の葉。降魔の剣と成りて我が左手に宿り給え!」

 

 うおおおぉぉぉぉぉ意味さっぱりわかんねえケド、すげえ‥‥娘さんの手にあったただの木の枝が、スッゲエ切れる武器になってクロ助に切りかかる。

 

―ガキイイィィィン―

 

すんげえ攻防戦だなあおい‥‥いやあ〜‥‥も〜見てる方の心臓に悪いわ‥‥

‥‥え?‥‥それなら見てないで逃げろ?‥‥‥しまった、その手があったあ!じゃなくて!!俺も逃げれるならとっくの昔に逃げてるさ‥‥でも、できねえのよ、これが‥‥

 あ、ぎっくり腰じゃないからな?聞いてびっくり、見て仰天‥‥なんと俺の影とクロ助の影が縫い付けられたみたいに繋がってて、俺は動けねえんだ‥‥

 

 バッと、どちらからともなく間合いを開ける。お互い軽い掠り傷を負っただけで、あとはどうもないようだ。

 

 ハイ!先生質問デス。なあんであの二人、息が全然上がってないんだ!?なんで乱れてねえの!?あんっだけ暴れといて―‥‥って、あのぉ‥‥視線??

♬見っつめちゃやあよ♪‥‥じゃなねえだろ俺!しっかりしろぉ!!

「‥‥なっ‥‥なんだよ‥‥‥」

「何故逃げないんだ‥‥‥?普通は逃げるだろうが‥‥」

 うおおおぉぉぉ!やめてくれぇ!お願いだから、そんな不思議そうに首傾げないでおくれえぇぇぇ!!

「逃げれるもんなら、逃げてらいっ!‥‥動かねえのよ、コンチクショー!」

「!?ちぃ!」

 あう、舌打ちされちったよ‥‥

って、何かが前に?娘サン??

「其は忌むべき芳命にして偽印の使途、滅せよ!」

 

―ジャラ‥‥

 

数珠がなると同時にクロ助の放った攻撃が跳ね返される。守ってくれたんだ‥‥

「貴様の力の源‥‥この人間か‥‥通りで雑魚にしてはやると思った‥‥重複寄生か‥‥さしずめ、犬の魂に寄生してから、こいつに寄生した‥‥だな‥‥?」

「‥‥ああ、そうだ‥‥こいつ、ただの人にしてはかなり力を持っているからな」

 

 卑ひた笑みを浮かべる操鬼に、娘は眉をしかめる。

 

「‥‥卑怯な‥‥‥」

ストオーップ!寄生って何だよ!それじゃアレか!?
クロ助は、じつは新種の南極大陸のさる某研究所で開発された、虫!?そんなバナナ!ちなみに俺は、バナナが死ぬほど嫌い!

<翠琉、手を貸しましょうか‥‥?>

「いや、いい‥‥どんな小細工を弄したところで、所詮小物は小物‥‥‥それに、下手に動けば宿主のそいつが危ない‥‥白銀(しろがね)はそいつを頼む。」

<は、仰せのままに‥‥‥>

 今度は何だよ‥‥犬と以心伝心しちまったよ‥‥こう、何てえの?脳に直接ビビ‥‥みたいな‥‥ムツ○ロウさんもびっくりだよ‥‥

 それより‥‥そっかあ‥‥あいつ、“すいる”っていうのか‥‥服装だけじゃなくて、名前も変わってんだなあ‥‥一歩間違ったら“するめ”やんけ‥‥‥

俺が考えに耽っている間に、その白い犬が俺を庇う様に立ちはだかっていた。

 何か、胸が熱くなってきたぞ!

「お前、俺を守ってくれてるのか!?ありあとうっ!!」

 

―ガバッ!!

 

屈み込み抱き付いて、頬擦りしてくる由貴に、白銀は言わずにはいられなかった。

<我の名はシロではないが‥‥>

「だってお前、白いじゃん!だからシロっ!」

自信満々にそう言ってのける由貴に、思わず白銀は脱力する。人間の行動であれば“肩を落とす”この表現が一番的確であろう。

しかし白銀は、そのことを一瞬で脳内から削除し、対峙する二人へと意識を戻した。

「ククク‥‥どうした?‥‥攻撃して来い‥‥出来るのならばな‥‥まあ、出来ないだろうが?‥‥下手に動けば、そこの人間の命はないからなあ‥‥」

 

 優越感に酔って笑む操鬼を、白銀が威嚇する。

 

「やめろ、白銀!‥‥操鬼、お前の望みは何だ?」

「ほう?物分りがいいじゃないか‥‥」

 

 言いながら操鬼は歩を進める‥‥先にいるのは言うまでもなく翠琉だ‥‥‥

 

「こうすることだ!」

 

―ドスッ!

 

 鈍い音と共に、細い翠琉の身体が宙に浮く、更に追加攻撃を一発二発と操鬼は容赦なく叩き込む。

 

「なっ!やめろ!」

 ひでえよ、あんまりだ!見ているこっちが痛くなる!

「がはっ‥‥くっ‥‥‥」

ああっ!馬鹿野郎!立つなっちゅうに!また攻撃されるだろうが!‥‥って‥‥え‥?

「‥‥あいつ‥‥‥目が見えてないのか‥‥!?」

「ああ、我が主の瞳は見えてはおらん‥‥‥」

 

‥‥‥‥‥‥俺、思考ストップのため、しばらくお待ちください‥‥‥‥‥‥