俺、(みず)() ()()の朝は大抵これで始まる。今年の春から二つ上の姉、(みず)() ()()と同じ都立南条高等学校に通っている。今はじいちゃんと母さん、それと姉貴しかいないけど、俺が8歳になるまではばあちゃんがいた。‥‥ばあちゃんはいつも、「自分の定めに負けるな」って俺に言ってた。その時は、何でそんなこと言うのか判らなかった。まあ、今でも良く判んないだけどね。そしてばあちゃんは生前、対になっている勾玉のお守りをくれた‥‥俺の首にお守り代わりにぶら下がっている蒼い勾玉はそのうちの一つ。でも、対の赤い勾玉はなくしてしまった‥‥ばあちゃんの通夜の日、俺はばあちゃん子だったから、悲しくて、信じたくなくて‥‥一人で神社に行って御神木の桜の木の下で泣いていた。そのまま寝入っちゃったみたいでさ、母さん達が迎えに来てくれた時にはもう赤い勾玉はなくなってた‥‥首に下げていたから、落とすわけないんだけどなあ‥‥‥

父さんに関しては、写真で顔知っているだけだ。俺が生まれた時にはもういなかった。だから‥‥まあ、じいちゃんが俺たち姉弟の父親みたいな感じかな‥‥

 あっ‥‥言い忘れてた(汗)実は俺ん家は東京でも有数の古武術道場だったりする。瑞智一統流第34代目が(みず)() 正宗(まさむね)‥‥俺のじいちゃんだ。父さんは生まれつき身体が弱くて、武術とかは無理だったんだって言ってた。だから、継承者35代目が俺になるわけだ。これでも一応、俺は師範代だったりするんだな、これが!だから喧嘩は負ける気がしねえ!

‥‥なあんて事言ったってばれたら、姉貴と一部の先輩やら友人にボッコボコにされるから、大きな声じゃ言えないけどね。でもまあ、差し当たって問題ナッシング!毎日楽しいしな!

何か世間じゃ色々怪奇事件が起きてて騒ぎになってるけど、それも俺にはさほど‥‥ってか、全然関係ないしね。

まあ、気になることがあるっていえばあるんだけど‥‥‥今日学校行ったら相談してみっかなあ‥‥‥

 

 

「ギャーッハッハッハッハッ!しっ‥‥‥死ぬぅ!」

「〜〜〜〜〜〜〜」

ー一辺死んで来いやあ!

 あまりの怒りに、俺の叫びは声にならなかった。思わず牛乳パックを握りつぶす。顔が真っ赤なのが自分でも判る。恥ずかしいからじゃねえぞ!いや、確かに恥ずかしいってのもあるけどよ、でも断じて違うっ!俺は今、究極に腹が立ってるんだっ!

「ゆゆゆゆゆゆ夢っ‥‥しかも、美人な‥‥ぷっ‥‥‥女の人‥‥‥忘れられないってか?‥‥‥腹が‥‥腹筋が!いて‥‥苦し‥‥‥‥‥」

「夢じゃねえ!一回はマジで逢ったんだって!」

いつもなら、学校に行ってる間で一番楽しいはずの昼休みが、今日の俺にとってはまさに生き地獄だった‥‥‥

 この、今にも悶絶死しそうな勢いで腹抱えて大笑いしやがっている失礼極まりない奴は、俺の幼馴染にしてバスケ馬鹿な高条 敦だ。

 事の発端は俺が相談したことから始まった。

 

BGM→北の国から(由貴語り口調にてお楽しみ下さい)

 そう、あれは‥‥俺がまだ高校に入学して間もない、4月‥‥不安と期待(9割不安)を胸に、俺はまだ新調の制服に身を包んでいた。

 

「いや、近所の兄ちゃんのおさがりだし‥‥ってか不安要素多いな、お前‥‥‥」

 

敦の突っ込みは無視:続、BGM→北の国から(由貴語り(以下略))

 そして、俺はその日も遅くまで部活にも行かず、勉学に勤しんでいた。

 

「ただの補習だろ?春休み明けのテストが全教科合わせて百点だったから、お前だけ特別に。」

 

敦の(以下略):続、BGM→北の国から((以下略))

 その日の帰り道のことだった‥‥‥俺は、昔よく遊んでいた神社の目の前で、思わず立ち止まってしまった。何でかは、俺にも判らない‥‥ただ、夕暮れに舞う桜に(いざな)われるようにして、俺はその石段を登っていた。

 

風が導くその先に広がっていたのは幻想の世界‥‥‥

漆黒の髪を風に戯そばせ、一振りの刀を携えて佇む人影‥‥‥傍には月光を浴びて銀に輝く犬‥‥

 いきなり目の前に広がった浮世離れしたその光景に、由貴はただ魅入ることしか出来なかった。

「‥‥一体‥‥‥」

 その呟きに、由貴が来たことを悟った鳥たちが、一斉にその人影から飛び去る。

「!?」

 その人影が、驚いたように振り返る‥‥それは‥‥‥

―美しい少女だった‥‥

 少女は、由貴の登場に困惑を隠せないでいる様子だった。

 呆けてしまっていた由貴は、その少女の様子に酷く慌てていた。

「あ!ごめん!ちょっと上がって来てみたら、お前いて‥‥びっくりしただけだからさ‥‥あ、俺、瑞智 由貴‥‥お前、名前は?引っ越して来たのか?」

 とにかく、近付いて手を差し出す。そのとき‥‥‥

―ザアアアァァァァァ‥‥‥

 桜吹雪に視界を奪われ、思わず目を庇う。次に目を開けたときには、ただ残りの桜がひらひらと舞うだけで、娘の姿はどこにもなかった。

「‥‥‥おおおおおおお‥‥‥お化け!?幽霊!?」

 動揺してあたふたと慌てふためく由貴のその問いに応える者は、そこにはいなかった。

 

 

 物心付いたときから、俺は時々不思議な夢を見る。

 広い広い草原に、果のない澄んだ青い空‥‥その向こうで微笑む人‥‥懐かしいのに辛くて、名前を呼びたいのに呼ぶべき名が判らない‥‥そして、触れたくて手を伸ばしても決して届くことはなかった。

 あの夜から、頻繁にその夢を見る。そこに立っているのは、あの人ではなくて白い犬を従えた不思議な少女‥‥同じなのは、俺の立ち居地。手を伸ばしても届かない‥‥

その夢を見た後、必ず涙を流していた。何か大切な事を忘れている気がして‥‥

 不思議に思って、気味悪くて‥‥食欲も段々なくなって来て、胸も苦しくて、肩も重くなってきたから相談したってのに‥‥‥

「だからそこ!笑うなよ!」

―ズビシ!

人を指しちゃいけませんってんなら、人の悩み大笑いしてる奴はどうなんだよ!

「‥‥その前に、服が現代んとちゃうとこで気付けや‥‥しかも、何で引っ越して来た奴が夜な夜な神社なんぞ物騒なとこにおんねん‥‥‥怪しいやないか。話しかけたお前がアホなだけや‥‥」

‥‥そんな‥‥今まで黙って聞いてた分、ずらずら一気にしゃべらんでも‥‥(涙)

何かもう、どこにも味方いないよね、俺には‥‥‥

 まあいいや!この、なんとも身も蓋もない‥‥むしろ、容赦なく言葉の手裏剣を投げつけてくれるのが、相模(さがみ) (きょう)‥‥俺の親友その2だ。敦とは正反対!物静かな上、無口無愛想で『霊はそこにおる』と断定してくれる霊感少年なのだ。ちなみに俺は心霊現象が大の苦手‥‥‥

「肩が重いんは、そこんポチのせいやろ‥‥‥」