「翠琉!?」

 膝を折る翠琉の傍に由貴が駆け寄る。

「へい‥き、だ‥‥‥」

「どこをどう見たら平気なんだよ!大丈夫じゃないじゃねえか!!全然っ!!やっぱり絶対俺も一緒に行くからな!!」

 それに反論しようとするが、背中を這い上がるような激痛を堪えるのに必死で、言葉にならない。

「失礼します。」

 水比奈がそう言ったかと思うと、翠琉の額に手を翳す。すると、淡い光が翠琉を包んだ。

そして‥‥その光に誘われるように、翠琉は意識を手放した。由貴の腕の中に倒れこんだその痩身からは、規則正しい寝息が聞こえるばかりだ。

「!?すっ‥‥すげえ‥‥」

「いえ、私には‥‥これくらいの事しか出来ないので‥‥」

 水比奈が首を横に振る。それを受けて、今更ながら由貴が尋ねる。それはもう、言いにくそうに、遠慮がちに‥‥

「で、あんた何者?あ、俺は瑞智 由貴ね。よろしく!」

 いきなり始まった自己紹介に水比奈はしばし目をまるくしたが、柔らかな笑みを浮かべると、手を差し出した。

「申し送れて失礼致しました。私は翠琉さまの式神‥鏡の(つく)喪神(もがみ)は水比奈と申します。」

「ツクモ‥‥ガミ?」

 不思議そうに、そう反芻する由貴に苦笑を漏らす。

「端的に言ってしまえば‥‥そうですね、モノに宿った魂‥‥でございます。」

 

 何か、すごいよな‥‥ファンタジーだな‥‥世の中ってさ、何でもありなんだよなあ‥‥

「私たち、付喪神はそこまで力を持ったものではありません。でも‥‥そのほとんどが醜となってしまうんです。」

 醜ってことは‥‥

「何で!?妖の一番下っ端だろ!?」

「それだけ、人への怨みが深いんですよ‥‥」

 

 付喪神は、長年使い古された道具に宿る。それが定説だ。

 だが、それはもう昔のことだ。使い捨てが当たり前の世の中‥‥新しい商品が出れば、見境無く買う。壊れれば修理も考えずにやりかえる。

 そういったことが当たり前になってきた現世に於いてもの達は少しずつ、だが確実に怨みを持つようになった。

 そうして、人に対する怨念が集約され生まれた付喪神はその殆どが、醜へと成り果てた。

「私も、醜になりかけていました。いえ、きっと他の祈祷師の方ならば、私は祓われていたでしょう‥‥でも‥‥」

 

―共に、来るか?

 

 そう、その幼い少女は言った。

「 “死にたくないのだったら共に来るか?”そう言ってくれたんです。それから、私は翠琉さまの式神として仕えております。それが‥‥翠琉さまの式神ということが、私の誇りです。」

 鏡のある場所ならば、どこへでも行ける。それが水比奈の特殊能力だ。その力を生かして情報を集めたり、道を開いたりするのが、水比奈の役目なのだという。

「ちょっと待った!じゃあ、さっき翠琉にしたやつは?手を翳して何かしてたじゃん!ハンドパワーとかじゃないんだろう?」

 もっともらしいその由貴の質問に、水比奈が答える。

「私達式神は契約を交わした主に力を分けてもらって、こうして姿を現します。今の翠琉さまは、神剣崇月との契約により、御自身に過多な負担が生じているからです。なので、力を返す事によって、翠琉さまのご負担をほんの僅かですが、軽減したのです。」

「へぇ〜‥‥」

 判っているのか、判っていないのか‥‥由貴が頷くのに、水比奈は苦笑を漏らす。そして、このなんとも形容し難い少年に、ある種の希望を見出した。

「式神である私がこんなことをいうのは、おこがましいんですが‥‥主を‥‥翠琉さまをよろしくお願いします。」

 いきなりそういって頭を下げた水比奈に、由貴は目を白黒させる。

「え!?」

「慌てていたことはいえ‥‥私を呼ぶ為とはいえ、八咫鏡を見せたのは、あなたが初めてです‥‥真耶さまにすら、翠琉さまは八咫鏡を見せたことはないのです。」

 緊急とはいえ、第三者のいる前で翠琉自身が八咫鏡を出したのはこれが初めて‥‥そのことに、少なからず水比奈は驚いていた。

そして、翠琉自身が気付いていないうちに、この少年を信用しているように思えてならなかったのだ。

だからこそ、託すに値するのではないかと感じたのだ。

「私は翠琉さまの言いつけに従い、今より忌部を探りに向かいます。」

「あのさあ〜‥‥本当にごめんなんだけど‥‥誰なんだ?その忌部って‥‥」

 申し訳なさそうに、そう尋ねてくる少年を見て水比奈は固まる。

 託すに値する‥‥そう判断を下した自分が早計だったのではないかと、早くも後悔し始めていた。

 

 

 ホント、何かいきなり色々起こっていて、状況把握が難しい‥‥俺は、廊下を歩きながら水比奈さんから聞いた話を頭の中でまとめていた。

―翠琉さまは、何故かあなたを巻き込まないようにしています。ですが‥‥あなたには“力”がある。

 俺の中にあるらしい‥‥何らかの方法によって隠されていた力‥‥が、どうやら神剣崇月を持った時に開放された‥‥ってこと‥‥らしい‥‥

 “らしい”ことばっかりで、何か騙されてる気分がしなくもないんだけど‥‥信じるしかないんだよなあ‥‥

 で、翠琉と水比奈さんが言ってた“忌部”について‥‥

 もとは、破魔一族なんだって。だけど、遠い遠い昔に裏切った‥‥そして禁忌とされる技を使い、通常では考えられないくらい、永い時を生きている。

 

 その“技”が“魂喰らい”‥‥その名の通り、人の魂を喰らって生き延びている。

 そのもの達が世に蔓延る負の感情―‥‥所謂“邪念”を集め、闇の住人“醜”を生み出す。

生み出した“醜”は、喰らうか、はままた意思を持つ“妖”‥‥“鬼魅(きみ)”となり、新たな“醜”を生み出すか。

連鎖は延々と続いている。

それが、『破魔の抱える“闇”』即ち忌部一族なのだ。忌部一族は、歴史の節々に姿を現している。ふと皆が存在忘れた頃に、災厄を世界にもたらす。人の心を“闇”に染める。その度に、対峙して来た。各々の家の記録にも、忌部一族の名は刻まれている。だが、忌部一族の里までは長年特定するには至らなかった。

 無論、その裡に宿る力も異なる。神羅、覇神一統が使う“守の力”と総称するとすれば、忌部一族の有する力は“破の呪”と呼ばれる。

 そして、その忌部を導いているものが‥‥

(しん)()()‥‥ねえ‥‥」

 真達羅、そう呼ばれる邪神。

 滅多に人前へ姿を現さない。故に、その存在が確かなのか‥‥真偽は判らぬままだ。当たり前といえば、当たり前なのかもしれない。

 故に忌部一族が今どのような状態にあるのか、判る術は当然ないのだから。だが、真達羅は忌部一族の導師であると同時に破魔一族に伝わる大罪人である。

 破魔の創始者‥‥時遡ること、幾ばくか‥‥

 創始者と謂われる珠美(しゅび)()‥‥その人の実弟であった真達羅は、姉を喰らった。それによって、偉大なる力を得たと‥‥

 しかし、姉を喰らった赦し難い大罪‥‥“天つ罪”を犯したその代償は大きかった。

 

「漆黒の翼に、第三の瞳‥‥そして、輪廻の巣からの永久追放‥‥ねえ‥‥」

 “輪廻の巣”は、俺でも知ってる!死んだ人間の魂が一度行くところだろ?ゲームで良くある設定だ。まさか、実在するとは思ってなかったけど。もう、本当に何でもありだよな。もうここまで来たら、『地球は四角だった』とか言い出されても「へえ、そう」何て軽く受け流してしまえる自信があるね!

まあとりあえず、今から乗り込むところは、自分の姉ちゃん喰った悪人真達羅とその手下達忌部一族がいる‥‥ってことになるんだよな?しかも、その忌部一族は、ギネス記録を軽く更新してしまうくらい、ご長寿な皆さんで、生き方がちょっとワイルドかつ非道過ぎると。

 うん、何か敵の事は判ったぞ。で、問題一個。

俺はその‥‥破魔武具持ってないんだよな。まあ、当たり前なんだけどさ。つい先日まで、破魔のはの字も知らなかったわけだし。

とにかく!乗り込むのに丸腰じゃあ、やっぱりまずいでしょ?ってなわけで、水比奈さんに教えてもらったのが、うちにある‥‥らしい覇神一族の継承武具“十掬(とつか)(のけん)”。それが、道場の上座に供えられている。