「残酷なまでに‥‥お前は‥‥由貴は、変わらないんだな‥‥」

 一人思案に耽っている由貴は、この翠琉の呟きを聞く事はなかった。

「え?」

 聞き返して来た由貴に、思わず翠琉は苦笑を漏らす。そして、真実を隠した事実を口にした。「そんな事を言うのは‥‥私を“ただの人”だと言うような奇特なヤツ、真耶以外にはいないと思っていたと言ったんだ。」

 

―バサバサ‥‥

 お互い、言う言葉を考えあぐねているところに、一羽の鳥が翠琉の肩に舞い降りた。

「キレイな鳥だな」

 純粋な感嘆を漏らす由貴に、翠琉が言う。

「私の使役だ。」

「しっ、使役?」

 

 本当に俺は知らない事だらけだよな‥‥使役って何よ?

国語の時間に習ったぞ?確か‥‥未然形に接続させて「せる、させる」って表現にするんだったよな?‥‥何か、それだけでも俺には良く理解出来ないってのに、国語のセンセはもっと難しいこと言ってたような‥‥俺にはお経にしか聞こえなかったけど、助動詞がうんたからんたら、動詞がどうのこうのって言ってたはず!

でも、明らかに国語の使役は違うんだよなあ‥‥鳥の名前が使役‥‥なのか?

「使い魔‥‥この表現なら、いくらお前が馬鹿でも判るだろう?」

「お前!俺の心を読んだな!?」

 以心伝心!?‥‥って、鼻で笑われてしまった。由貴クンショーック!!

「モノローグは口に出すな。読むも何も、丸聞こえだ。」

「はい、次から心掛けます。」

 使い魔、ねえ‥‥ゲームのキャラが使ってた気がする。術者の力の一部で出来てるってやつだろ?術者の用事の代行をするって‥‥攻略本に載ってたはずなんだけど‥‥あれに似た感じなんだろうな、きっと‥‥

 

「やはり、そうか‥‥わかった、ご苦労‥‥」

 翠琉のその言葉を受けて、鳥‥‥使役はその場から一瞬にして消え失せた。

「どうしたっていうんだよ、一体‥‥」

 訳が判らないながらに何か感じるものがあるのだろう、由貴が不安げに翠琉に訊く。その問いへの返答は避け、用件のみ翠琉は言う。

「私は明日、ここを発つ。一人で往くつもりだ‥‥白銀と周には黙って行く、だから‥‥ここで今から交わされる会話は他言無用にしてほしい‥‥」

―もう、失いたくはない‥‥

 だから、どんなことがあっても先へは一人で進むと決めていた。何があろうと、一人で往くと、決めていた。

「判ったよ」

 由貴の返事を確かめてから翠琉は袖から数珠を取り出すと、言霊を紡ぎ始めた。

「我望まんは、一切の無。其が真なる姿顕彰せし刻望むは虚無。汝を澄みし面に映しださん!」

 その呪を受けて、翠琉の持っていた数珠は装飾を施された手鏡へと姿を変え、更に鏡面が目を覆いたくなるような光を放ったと思ったら、一人の女性が姿を現した。その姿は、古来中国を連想させるよな重々しい衣服を纏っている。

「なっ‥‥何なんだ‥‥?」

 由貴が目を丸くして言うのに、翠琉は言葉少なに語る。

「私の破魔武具、八咫(やたの)(かがみ)だ。普段は数珠の姿を取っているがな‥‥」

「なっ‥‥何で?」

「さあな、白銀に言われたからだ‥‥鏡であることが露見することは防がなければならないと。‥‥だから普段は数珠の姿をさせている。」

 そこまで聞いて、由貴は合点がいったように頷いた。

「母さんから聞いたよ。」

 破魔武具には二通りあるという。一つは、代々家に伝わる継承武具。もう一つは生まれながらに手にしている真承武具。

 継承武具には、“契約の儀”が必要とされるが、真承武具は、その一切を必要としない。術者の思うがままだ。つまりは、翠琉は後者ということになるわけで‥‥

「って、ちょっと待てよ!?」

―さっき‥‥八咫鏡って言ったよな!?

「‥‥それって‥‥三種の神器じゃかったっけ‥‥」

 因みに、宮中三殿の神体として安置されている八咫鏡はレプリカなのだが、そこまで由貴が知る由も無い。よって、由貴が導き出した結論は‥‥

―こいつ、泥棒っ!?

 残念なことに、先刻自分で出した真承武具だという正論とちぐはぐになるのだが、それを正す人物が一人もいなかった。

 由貴の一人暴走を横目に、翠琉は話を進める。

「久しいな。」

 翠琉の言葉に、女性が恭しく膝を折る。その態度に、苦笑を漏らしながら言う。

水比奈(みずひな)‥‥そう、かしこまらないでくれ‥‥」

「ですが‥‥主であるあなたに敬意を払うことは至極当然のことです。」

 そう、頭を垂れたまま言う女性―‥‥水比奈に溜息を一つ漏らすと、翠琉は諦めたように用件を話し始めた。

「梵天が力を戻し、羅刹天の封が解けた‥‥」

「何と‥‥」

 翠琉の言葉に動揺を隠し切れないといった様子だが、表面上は平静さを保って翠琉に訊く。

「天定の在り処は、判ったのですか?」

「否‥‥だが、梵天と羅刹の居場所は判った。」

「と、申しますと?」

忌部(きべ)一族が匿っている‥‥調べは付いた。そして、忌部の里が割れた。」

 主の言い様にまだ不安が取り除けないのか‥‥何か言いたそうな気配を察したのだろう翠琉が続ける。

「先刻、梵天、羅刹天の両名がわざわざこちらに出向いてくれた。当然一戦交えたのだが、その際に羅刹天に一矢報いた。私ではないがな‥‥」

―あの時、由貴の攻撃を羅刹はまともに喰らっていた。あれだけの傷を負い、一体どこに逃げたのか?

 それが、翠琉の抱いた疑問だった。そして、辿り着いた結論が破魔の抱える“闇”の忌部一族が匿っているということだった。

 だが、忌部一族の所在は一切不明。何人いるのかすら判らない状態で、忌部一族の里も、長年に渡り探しあぐねている存在である。そんな謎に包まれた忌部一族の居場所を、1人で特定したと翠琉は言っているのだ。水比奈が不安に感じるのは無理もない事と言えよう。

 だが、翠琉は続けて言う。

「乗り込む。水比奈、道を開きたい‥‥頼めるな?」

 そう、翠琉にとって忌部一族がそこにいようがいまいが、関係なかった。肝心なのは、“梵天”がいるか否か、その一点。

 使役を飛ばしたのは、あくまでも“梵天”を追わせた結果だ。特殊な結界が張られた山奥。誰も予想だにしていなかった、その場所に数多の邪気を確認した‥‥その邪気は、使役を通して見ても、間違いなく忌部一族のものだった。ただそれだけの事。

その言葉を受け、水比奈は首を横に振った。

「単身で乗り込むおつもりですか?無理です。承服しかねます。」

「だが、他の者達を巻き込むつもりはない‥‥私が片を付ける。弱っている今の状況ならば、私一人でも勝算はあるからな‥‥」

 言外に「刺し違える」その言葉が隠れていることに水比奈は気付いていた、だがそれと同時にその強固な意志を曲げることが何人たりとも出来ない事もまた、判っていた‥‥故に、掛ける言葉が見付からなかった。

 と、そのとき‥‥予想していなかったところから反論意見が出た。

「一人でどこに行く気かは知らなねえが、俺も着いて行くからな!」

 翠琉と水比奈が振り返ると、由貴が腕組みをして挑むように見据えていた。

「俺も行く。他のヤツに教えないっていう約束はしたよ、でも俺が行くか行かないかって事に関して何の約束もしてない!」

 ビシッと人差し指を立てて、自信満々に言って来る。

―しまった‥‥

 翠琉がそう後悔しても、後の祭りだ。

―‥‥ここで今から交わされる会話は他言無用にしてほしい‥‥

 確かにそうは言った。だが‥‥

「迂闊だった‥‥着いて来るなとは‥‥確かに言わなかったな‥‥」

 本気で頭を抱えて屈み込む。それとは正反対に、由貴はニンマリしたり顔だ。

「止める権利、ねえよな?」

「何故、そこまで関わろうとする?また、醜や‥‥否、それ以上の者達とやりあわねばならないんだぞ?」

 翠琉のその言葉に何と答えたものか‥‥一時真剣に悩んでいたかと思ったら、苦笑交じりに口を開いた。

「ほら、“泥を喰らわば食器まで”って言うだろ?話聞いといて、女の子一人で行かせるほど、俺も廃れてねえって!」

 

 あれ‥‥?ちょっと、良いこと言ったと思ったんだけど‥‥何で二人とも固まってんだ?おかしいな‥‥

 もちろん、さっきのは本音。何か良く判らないけど、翠琉がまた一人でどこかに乗る込もうとしているってのは判る。だったら、一人で行かせられるか!

 きっと、またさっきの梵天やら羅刹やらみたいな、人間びっくりショーなヤツ等と戦うつもりに決まってる。なのに、女の子‥‥しかも、目が見えてない子を、一人で行かせられるかってーの!

 んなことしたら、男が廃るぜ!

「あの‥‥申し訳ございませんが‥‥“泥を喰らわば食器まで”ではなく、“毒を喰らわば皿まで”ではございませんか?」

 

 遠慮がちにそう意見する水比奈に、由貴は固まってしまった。

 痛い(由貴にとって)沈黙がその場を支配する。

「あの‥‥すみません‥‥突然‥‥」

 遠慮がちな水比奈の言葉に反応するように、由貴はゆでタコのように真っ赤になった。

「いや、とにかく!俺は一緒に行くからなっ!」

 そう言い切った由貴に反論しようと口を開いたとき‥‥

「!?」

 翠琉の身体に激痛が走った。