俺も聞いたときはびっくりだって!いっつも眺めてたあの何の変哲も無い日本刀が、破魔武具とはっ!

何で水比奈さんが知ってるのか‥‥俺は道場に入って、納得した。

「鏡、ねえ‥‥」

 練習のとき、形を見る為に置かれている姿見。それがちょうど上座と正反対の場所にあった。

 

―翠琉さまと共に‥‥そう仰るのならば、十掬剣を継承なさって下さい。

 

 それが、水比奈さんから出された条件。

 だったらやってやうじゃねえか、ということで今に至る。水比奈さんが言うのも、最もだと思うしな。

 武器もないのにひょこひょこ付いて行っても、足手まといだろ?そうなるのは真っ平ごめんだ!女の子の後ろでおとなしく守られるってのは、性に合わない。

 だったらって事で、ここに来たわけだ。

 「何でこんなところに覇神一族の継承武具があるのか?」とか「本当に俺が使えるのか?」とか、考え出したらそれこそきりがないくらい問題が山積みなんだけど、今は気にしてる暇はない。

 あの後帰ってから直ぐに、翠琉は客間に寝かせた。何処に行ってたのか、何を話していたのか、白銀と周にかな〜り、しつこく問い質されたが、帰ってしばらくして目を覚ました翠琉が間に入って何とか誤魔化せた。

 今夜‥‥皆が寝静まったら、すぐに出る予定だって水比奈さんは言ってた。夜には翠琉が目を覚ますだろうって‥‥だから、一緒に行くならそれまでに破魔武具を手に入れる‥‥そう約束したんだ。

「よしっ!抜き足、差し足、千鳥足‥‥」

 気合を入れて一歩踏み出したとき‥‥

「それを言うなら、忍び足だろうが」

「うわあ!?」

 いきなり、後ろから声掛けるなよなっ!ああ、マジこええ‥‥‥声の主を振り返って、文句を言おうと口を開いたけど‥‥じいちゃんのマジ顔見たら、何も言えなくなった。

「十掬剣か‥‥」

 

 正宗がそう確認してくるのに、由貴は静かに頷く。

「継承する気か」

 そう問われ、由貴は黙りこくる。

―この日が来たか‥‥

 覚悟を決めて、正宗は由貴を見上げた。

「禊をして来い。」

「はい?ミソギ‥‥?」

「身を清めて来いというておるのじゃ、このたわけ!」

―スッパーン!

 

 よっ‥‥よりにもよって‥‥顔面直撃ですか‥‥おじいさま‥‥

「どっ‥‥どうやってだよ‥‥」

「なんだよ!その盛大な溜息はっ!!判んねえこと訊いて何が悪いってんだよ!」

「うるさい。」

―スパーン!

 ハリセン第二段かよ‥‥いつも思うんだけどどこから出してるんだよ、そのハリセン‥‥うう〜痛い‥‥

 

 余りの痛さにしゃがみ込んだ由貴を見据え、不安の余り二度目の溜息を付いた。

―案じたところで、動き出した星の廻りを止めることは叶わぬがな。

 無意味な杞憂でしかないことは、正宗は判りきっていた、そして‥‥十六年前のあの日、この時が来ることは覚悟していたはずなのだ。

 自分が今せねばならないことは、背を押すこと‥‥それも充分承知していた。

「風呂に入ればそれで良い。身を清め終えたら、これを着ろ。」

 そう言って手渡すのが、用意してきた衣服。

「何、このへんちくりんな服‥‥」

「継承者に伝えられる服じゃ。これを身に纏い、もう一度道場に来い。」

 

 言って、じいちゃんは去って行った。何だって言うんだろう‥‥

 実は、すごく気になってる事がある。

―俺は、本当に瑞智家の子供なのかどうか‥‥

 だって、そうだろ?

 俺は、滅ぼされた覇神一族の末裔だと言う。だったら‥‥もし、それが本当なら、じゃあ俺は何なのかな‥‥

 分家だから、引き取ったとか?でも、怖くて俺は聞けない。そこに踏み込む為の、覚悟がまだ出来ない。

 矛盾しているのが、自分でも判った。でも‥‥それでも俺は‥‥

 

「じいちゃん、来たぞ?」

「‥‥お前は、なんちゅう着方をしとる‥‥」

 由貴は、至極真面目な面持ちで現れたのだが‥‥いかんせん、衣服の纏い方がでたらめだった為、正宗は噴出してしまった。

「‥‥へ?いっ‥‥いや、だって!着方わかんなかったし!」

「全く、いつまで経っても手間のかかる孫じゃの」

 言いながら、着付し直す正宗に気付かれないように、由貴は息と共に不安を吐き出した。

―そう、だよな‥‥じいちゃんのとって俺は‥‥孫、だよな‥‥

 自分の中に芽生えたわだかまりを、そうやって誤魔化したのだった。

「何をにやけておるか、馬鹿者が!」

―ゲシッ!

「事あるごとに、何で蹴るんだよっ!いてえじゃねえか!」

「ならば、もっとしっかりせんか‥‥行くのであろう?」

「なっ‥‥何でそれを‥‥」

「阿呆‥‥、破魔継承武具“十掬剣”をその手に欲するということは、闘う覚悟が出来たということ。そして闘う覚悟が出来たということは‥‥」

―闘う相手がいるということ。

「‥‥うん‥‥約束したから、どこに行くかは言えないけど‥‥」

「訊く気もない‥‥始めるぞ?時間がないのだろう?」

 言って、先に進む正宗の後を由貴も追う。

「座れ」

 素直にその言葉に従い、そこに座す。そして、正宗も一振りの刀‥‥破魔継承武具“十掬剣”を挟み由貴の正面に座した。

 そして、手に持っていた祝詞を広げる。そして、詠唱を始めた。

「匠葵耀尊の命以て 八百万神等を神集へに集へ給ひ 神議りに議り給ひて‥‥」

―なっ‥‥何だ、このお経はっ!

 いきなり始まった詠唱に由貴はただ驚くしかない。だが、これが“継承の為の儀式”なのだと、浅はかな由貴にも理解出来た。

 否、理解出来たのではない。由貴の中に流れる“血”がそうさせたのかも知れない‥‥正宗の詠唱が終わると同時に、まるで最初から総てを知っていたかの如く、十掬剣を手にする。そして、柄を握り、鞘から抜いた。

 刀身が主を待ち望んでいるかのように、闇夜に淡い光を放つ。生唾を飲み込み、覚悟を決めると、由貴は今一度柄を握りなおし、自らの左手でその刀身をしっかり握った。

 だが、血が滴り落ちる事はなかった。刀身が、一層激しく光る。光が落ち着いたその時には、既に刀はその場から消え失せ、左手にあるはずの傷も全く残ってはいなかった。

「此れを持ちて、今より破魔東地守護総代覇神一族宗主と成り、その業を背負う事を誓う。」

 何故、そんな言葉がずらずら出てきたのか、由貴自身が知りたかった。正宗も、その事に多少戸惑いを感じていたが、すぐに合点がいったのか‥‥一人頷いている。

―やはり、血に刻まれた記憶‥‥か‥‥