昏い昏い、鬱蒼と生い茂った森―‥‥樹海の深淵、その先に在る闇。
そこで今、魔の胎動が永き時を越え、目を覚まさんと息づいていた。幾重にも施された封印が悲鳴を上げる。
一度目に起こった衝撃で、樹海が揺れる。
二度目に起こった振動で、封印に亀裂が走った。
そして‥‥
三度目に起こった爆撃で、大地が大きく揺れ、同時に‥‥
「呼んでおられるのか‥‥我が君‥‥」
―災厄が目覚めた。
※
―‥‥悪夢‥‥‥
―イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ‥‥‥
「イヤだ‥‥出来るわけ‥‥ない!」
混沌とした意識‥‥交錯する過去と現在‥‥‥
『わたしに、ちかづくな!』
『なんで?』
『‥‥‥だって、ちからが大きすぎて、おさえきれないんだ‥‥‥』
ガクガク震える自分の手‥‥‥
「ごめん‥‥ごめんな‥‥?俺、お前のこと傷つけて‥‥っ‥‥‥」
「‥‥っ‥‥‥真耶‥‥‥出来‥‥ない‥‥出来るはずない!」
涙を流しながら、少女は少年に訴える。だが、少年は真っ直ぐに少女を見て言う。
「翠琉!‥‥早く‥‥しろ!‥‥っ‥‥もう、俺にも‥‥抑え切れない!‥‥早‥‥く‥‥やつごと‥‥俺を‥‥っ‥‥!」
―気が‥‥狂いそうになる‥‥‥
『わたし‥‥みんな傷つけちゃうんだ‥‥だから‥‥おそとに出たら、いけないんだ‥‥‥』
「‥‥封‥解‥‥‥」
『ふぅ〜ん‥‥でも、キミのほうが傷ついてるみたい‥‥』
差し伸ばされた手‥‥それまで“闇”しか知らなかった少女に、初めて差し出された光り‥‥腹違いとはいえ、血の繋がった実の兄ですら否定した自分を‥‥受け入れてくれた‥‥‥
これは一体‥‥いつのことだろう‥‥‥
「我、汝の力欲する者也、其の眠り深淵の果てより呼び覚ますは、汝が目覚める時と知らん!‥‥目覚めよ!神剣崇月!」
カッと光が起こったかと思うと、低い声が翠琉を包む。
<汝、我の主に非ず、汝、我が半身に非ず‥‥何故、我の眠り妨げる‥‥まずは名を名乗れ‥‥‥>
『キミ、名前は?』
「神羅一族‥‥媛巫女の翠琉‥‥‥契約を‥‥‥」
『‥‥‥すい‥る‥‥‥』
<我と契約を結ぶ、その代償は‥‥?>
―‥‥真耶‥‥唯一の‥‥光‥‥‥
「‥‥我が光‥‥‥」
‥‥光を失うのに‥‥この場に留まる理由がない‥‥‥
共に‥‥闇に堕ちるだけ‥‥‥
<承知した>
『んじゃあ、すいる!今日からは僕が守ってあげるからね!』
―ザシュッ‥‥‥
鮮血が、皮肉にも緋い月の下、紅葉と美しく舞う。
『翠琉!』
うらやましいとさえ思う、屈託のない笑顔。自分には絶対に出来ない‥‥まさに“光”‥‥‥
だが、今前にある笑顔は儚く、壊れてしまいそうになる。
己の血で深紅に染まった両の手で、翠琉の頬に触れる。
「すい‥る‥‥‥?‥‥泣い‥て‥‥‥る‥の‥‥か‥‥?」
自分の頬を撫でるその手を握り締めて、翠琉は首を横に振る。
「ごめん‥‥な‥‥翠‥‥琉‥‥また‥‥守っ‥‥て‥‥やれな‥‥か‥‥‥た‥‥」
最期の抱擁‥‥‥薄れゆく意識の中、少年は確かに、愛しいものの温もりを感じ又、少女は‥‥翠琉は少年の身体から熱が引くのを感じていた。
「‥‥ま‥‥や‥‥‥?」
少年の身体から、風が吹き抜けたかのように力が抜ける。少女は、声にもならぬ慟哭をあげた。
その瞬間‥‥少女から全ての光は失われた。
―翠琉‥‥誰がお前の敵になろうと、俺がお前を必ず守る‥‥‥
―ガシャーン!
「‥‥義母‥様‥‥」
「いや!バケモノ!!私の‥‥私の息子を返して!」
物とともに飛んでくる罵詈雑言‥‥‥非難の視線‥‥‥
「バケモノ」
「物の怪の子」
「一族の汚点」
「呪いの御子」
「人ならざる恐ろしい異端者」
―そう‥‥私はバケモノ‥‥‥
バッ!
翠琉を守るように立ちはだかる人物‥‥‥
「おやめください!もう充分のはず!これ以上‥‥これ以上主を責めないで下さい!」
「いいんだ‥‥白銀‥‥‥」
「‥っ!?‥‥ですがっ!」
静かに、微笑すら浮かべて静止を掛ける翠琉に、白銀は言い募ろうとする。
「いいんだ‥‥これで‥‥‥」
だが、そのどこか全てを諦めたように笑む翠琉に遮られ、白銀は押し黙ってしまった。
―そう‥‥これでいいんだ‥‥