昏い昏い、鬱蒼と生い茂った森―‥‥樹海の深淵、その先に在る闇。

そこで今、魔の胎動が永き時を越え、目を覚まさんと息づいていた。幾重にも施された封印が悲鳴を上げる。

一度目に起こった衝撃で、樹海が揺れる。

二度目に起こった振動で、封印に亀裂が走った。

 そして‥‥

三度目に起こった爆撃で、大地が大きく揺れ、同時に‥‥

 

「呼んでおられるのか‥‥我が君‥‥」

 

―災厄が目覚めた。

 

 

―‥‥悪夢‥‥‥

 

―イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ‥‥‥

 

「イヤだ‥‥出来るわけ‥‥ない!」

 混沌とした意識‥‥交錯する過去と現在‥‥‥

 

『わたしに、ちかづくな!』

『なんで?』

『‥‥‥だって、ちから(・・・)が大きすぎて、おさえきれないんだ‥‥‥』

 

 ガクガク震える自分の手‥‥‥

「ごめん‥‥ごめんな‥‥?俺、お前のこと傷つけて‥‥っ‥‥‥」

「‥‥っ‥‥‥真耶‥‥‥出来‥‥ない‥‥出来るはずない!」

 涙を流しながら、少女は少年に訴える。だが、少年は真っ直ぐに少女を見て言う。

 

「翠琉!‥‥早く‥‥しろ!‥‥っ‥‥もう、俺にも‥‥抑え切れない!‥‥早‥‥く‥‥やつごと‥‥俺を‥‥っ‥‥!」

 

―気が‥‥狂いそうになる‥‥‥

 

『わたし‥‥みんな傷つけちゃうんだ‥‥だから‥‥おそとに出たら、いけないんだ‥‥‥』

 

「‥‥封‥解‥‥‥」

 

『ふぅ〜ん‥‥でも、キミのほうが傷ついてるみたい‥‥』

 差し伸ばされた手‥‥それまで“闇”しか知らなかった少女に、初めて差し出された光り‥‥腹違いとはいえ、血の繋がった実の兄ですら否定した自分を‥‥受け入れてくれた‥‥‥

 

 これは一体‥‥いつのことだろう‥‥‥

 

「我、汝の力欲する者也、其の眠り深淵の果てより呼び覚ますは、汝が目覚める時と知らん!‥‥目覚めよ!神剣崇月!」

 カッと光が起こったかと思うと、低い声が翠琉を包む。

<汝、我の主に非ず、汝、我が半身に非ず‥‥何故、我の眠り妨げる‥‥まずは名を名乗れ‥‥‥>

 

『キミ、名前は?』

 

「神羅一族‥‥媛巫女の翠琉‥‥‥契約を‥‥‥」

 

『‥‥‥すい‥る‥‥‥』

 

<我と契約を結ぶ、その代償は‥‥?>

 

―‥‥真耶‥‥唯一の‥‥光‥‥‥

 

「‥‥我が光‥‥‥」

 

‥‥光を失うのに‥‥この場に留まる理由がない‥‥‥

 

       共に‥‥闇に堕ちるだけ‥‥‥

 

<承知した>

 

『んじゃあ、すいる!今日からは僕が守ってあげるからね!』

 

―ザシュッ‥‥‥

 

 鮮血が、皮肉にも緋い月の下、紅葉と美しく舞う。

 

『翠琉!』

 

 うらやましいとさえ思う、屈託のない笑顔。自分には絶対に出来ない‥‥まさに“光”‥‥‥

だが、今前にある笑顔は儚く、壊れてしまいそうになる。

己の血で深紅に染まった両の手で、翠琉の頬に触れる。

「すい‥る‥‥‥?‥‥泣い‥て‥‥‥る‥の‥‥か‥‥?」

 自分の頬を撫でるその手を握り締めて、翠琉は首を横に振る。

「ごめん‥‥な‥‥翠‥‥琉‥‥また‥‥守っ‥‥て‥‥やれな‥‥か‥‥‥た‥‥」

 最期の抱擁‥‥‥薄れゆく意識の中、少年は確かに、愛しいものの温もりを感じ又、少女は‥‥翠琉は少年の身体から熱が引くのを感じていた。

「‥‥ま‥‥や‥‥‥?」

 少年の身体から、風が吹き抜けたかのように力が抜ける。少女は、声にもならぬ慟哭をあげた。

 

その瞬間‥‥少女から全ての光は失われた。

 

―翠琉‥‥誰がお前の敵になろうと、俺がお前を必ず守る‥‥‥

 

―ガシャーン!

 

「‥‥義母‥様‥‥」

「いや!バケモノ!!私の‥‥私の息子を返して!」

 物とともに飛んでくる罵詈雑言‥‥‥非難の視線‥‥‥

「バケモノ」

「物の怪の子」

「一族の汚点」

「呪いの御子」

「人ならざる恐ろしい異端者」

 

―そう‥‥私はバケモノ‥‥‥

 

バッ!

 翠琉を守るように立ちはだかる人物‥‥‥

「おやめください!もう充分のはず!これ以上‥‥これ以上主を責めないで下さい!」

「いいんだ‥‥白銀‥‥‥」

「‥っ!?‥‥ですがっ!」

 静かに、微笑すら浮かべて静止を掛ける翠琉に、白銀は言い募ろうとする。

「いいんだ‥‥これで‥‥‥」

 だが、そのどこか全てを諦めたように笑む翠琉に遮られ、白銀は押し黙ってしまった。

 

―そう‥‥これでいいんだ‥‥

 

 頬を涙が静かに伝う。